・近しき人は墓の中で眠っている・


9日のサッカー国際親善試合で、2-0で初陣を飾ったオシム・ジャパン。試合後の監督談話で、2得点をあげた三都主選手について、
「ヒーローは墓の中で眠っている人を指すもの。三都主はまだ生きている。」
と、オシム監督は語ったそうです。
65歳の闘将の言葉には、スポーツを超えた人生の深い陰翳がありますね。
騒ぐな騒ぐな、ヒーローは静かに眠らせておけ、という風にも聞こえました。
まもなくお盆です。
墓の中という言葉も特別に響いてきました。
そして、ヒーローには縁のないぼくの場合は、タイトルのような言葉になったのでした。
近しき人は墓の中で眠っている―

お盆が近づくと、長男のくせに墓参りにも帰らないで、などという声が聞こえてきます。
墓はあまりにも遠くにあるのです。いいえ、親戚の墓は近くにもあります。それでも遠くに感じてしまうのです。生きている近しい人がほとんど居なくなったということもあります。
静かに考えてみると、近しい人はすでに墓の中で眠っています。
祖父や祖母はもちろん、おじやおばもほとんどが墓の中です。ぼくより若いいとこも幾人か逝きました。
親友も2人死にました。親友といえるものが4人しか居なかったぼくにとって、半分になってしまったということは、人生の半分を失ってしまったような感覚です。
もう、生きてる者よりも、墓の中に入ってしまった者の方が多いのです。墓のあるところへ行っても、近しい人には会えないのです。
普段は考えてもみなかったことですが。

夏がぜんぶ夏休みだった頃、田舎の親戚の家に入り浸っていると、お盆には知らない顔がたくさん訪ねてくるものでした。
会ったこともない知らない顔でも、みんな親戚というもので繋がっていたのです。表情や声のどこかが似ていて、こども達にとっては、近しい人がいっぱい生きていたのでした。
夜になると、あちこちの家でご詠歌をあげています。そのときに打つ鉦の音が、ちーんちーんと家の外へ飛び出して聞こえます。
哀調を帯びたご詠歌をあげる伯父の声が、父の声や祖父の声とだぶります。近しい人たちは同じ声をしていたのです。生きてる人と死んだ人が、ひとつの声を通して繋がっていました。

南無阿彌陀仏か南無妙法蓮華経か、仏前で手を合わせるたびに戸惑います。
大阪の実家は、奈良や大阪の一部に残っている、融通念仏宗という古い宗派です。葬式で笙(しょう)などの古楽器を用いたりすることがある特異な宗派です。祖父もおじもおばも、そして村中みんな、南無阿彌陀仏の融通念仏宗で死にました。
家を出た次男の父は、九州で死んだので、母方の法華宗で送られました。南無妙法蓮華経です。
九州の祖父は、四国の愛媛の人で、もとは弘法大師の古義真言宗だったのですが、九州の墓に入ったので、やはり南無妙法蓮華経の法華宗です。
いまや、何宗だろうが、念仏がどうだろうが、ぼくは構わないのですが、親戚が集まると、念珠の形までうるさく言う人がいたりして、ときどき困るというか、煩わしいこともあったりしました。そういう人も大方は、今ではもう墓の中で眠っているのですけど。

若い頃、仏教というものに興味をもって、古刹を訪ねたり、般若心経などを丸暗記したこともありましたが、色即是空、空即是色、空漠とした空無の果てにまで、なかなか手が届かなくて、いつしか線香の匂いまで嫌いになった時期がありました。
時がたち、お盆の時季になって近しかった人のことを、あれこれ追想したりしていると、若い日に届かなかった空無の果てを、そこにはやはり何かがあったのだろうかなどと、遣り残したことへの悔いや迷いの念が沸いてくるのです。

きょうは盆風が立って、つくつくぼうしが鳴き始めました。
まわりが急に静かになったように感じます。
郷里に帰る人や旅行に出かける人が多いということもあるでしょう。まわりで生きてる人が遠くへ行き、死んだ人たちが近づいてくる。そんな時かもしれません。
生きてる人と死んだ人が交錯する、そのひと時に、近しかった人たちを偲んでいると、置き去りにされて煩悩するわが身の姿が、静かに浮き上がってくるような気もします。
合掌。




(写真の石像は、大分県竹田市で撮影したものです。)

(2006/08)



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