・神様の詩・


ある詩の投稿サイトに、毎週1作のペースで自作の詩を発表している。
7日間に1作の詩を書くことを中心とした生活習慣が、いつのまにか定着してしまったようだ。
投稿した直後は2〜3日脱力状態で、もうこれきりで詩は書けないだろうという気分になる。緊張のあとの弛緩状態ともいえる。多少の不安感もある。

私の詩はほとんどフィクションであるが(という言い方はおかしいかもしれないが、ネット詩のほとんどは、恋や生活の悩みを吐き出したようなものが多いのだ)、フィクションとノンフィクションの境界はしごく曖昧で、実体験のリアルさがないと、生きたイメージや言葉はなかなか生まれてこないものだ。作りものと真実とのふたつのフォーカスがうまく合った時に、ひとつのイメージがあるていど浮かび上がってくる。
その瞬間、それまで何もなかった私の空き地に、詩神が小鳥のように舞い降りてくるのだ。
これぞチャンスとばかりに、この降りたったイメージを追って、そのイメージに近い言葉を並べてゆく作業が始まる。詩作のスタートである。
空虚な状態を脱け出して、ようやく新しい光が見えてくる。
スケッチのように、紙に4Bのエンピツで書きなぐってゆく。次第に詩のようなものが出来あがってゆく。
さらにエンピツで推敲を重ねる。最初の詩形がすっかり変形することもあるし、途中で新しいテーマに移行してしまうこともある。

あるていど納得できる詩のスケッチができたら、パソコンに打ち込んでプリントアウトする。活字になってはじめて、ひとつの作品として冷静に客観的に向き合えるようになる。これは活字の効果だと思われる。
こんどは活字になった詩を推敲する。
エンピツで安易に書きなぐっていた言葉のあらが目立ってくる。言葉のリズムや全体の流れも気になってくる。
この時期がいちばん楽しいともいえる。なにかを創りあげてゆく喜びがある。もちろん、言葉とイメージがなかなか寄り添ってくれない苦渋はある。
だが、それも仕方ないことだろう。歓喜と苦悩はつねに表裏一体で切り離せないものらしいから。神の摂理には従順になるしかない。

こうして出来あがった詩を発表するのだが、反応は期待するほどでないことも多く、その場合は、あれこれと反省材料を拾いだしたり推量したりすることになる。
発表の段階では、もう自作について自分で正しい評価はできなくなっている。だから第三者の目がだいじである。
それに詩サイトは、圧倒的に若い世代で占められており、作品の内容においても、作品の理解度においても、大きなギャップを感じさせられることが多い。共通認識の部分が次第に少なくなっているように感じる。
認識や感覚のずれから、すこし浮き上がっていると自覚しながらも、容易に自分の詩作の方向が変えられるわけでもなく、このまま突き進んでゆくか、あるていどの妥協をしてゆくか、今はすこし揺れているところだ。

私の詩作コンセプトは、できるだけ解りやすい易しい言葉を使って、誰にでもおもしろく読んでもらいたい、ということで、そのためには気位の高い詩の神様にも、しばしば俗界に降りてきてもらうことになる。
神様お許しください、といったところだ。

ところで、いちばん最近に書いた詩は神様の詩である。神ではなく神様である。
古来、日本の神様は八百万の神で、昔は神様は山野のいたるところにいた。などと言うと、現在ではどうも白けてしまいそうだが、もともと、日本人は神様をなんとなく信じ、なんとなく信じていなかった。けれども昔の人はおおらかで、曖昧なものを曖昧なままにしておく心のゆとりがあったのではないだろうか。
いまや、白か黒か、善か悪か、0か1か、勝ちか負けか、物事や人の仕分けが厳しすぎると思う。
こんな世の中では、もう日本のやさしい神様は棲む場所がないだろう。
神様の詩を書きながら、そんなことを考えた。



    『ぼくたちの神様』

  かなりむかし
  子どもの頃には神様がたくさんいた
  崩れそうな石段を登ってゆくと
  空がだんだん近くなって神様が降りてくる
  樹齢千年の銀杏の樹のてっぺんに
  神様はいらっしゃるのだ と神様が言った

  神様はいつも白いきものを着ていた
  髪もひげも白かった
  かしこみかしこみ と言った
  ぼくたちもかしこみかしこみ と言った
  すると神様は笑った

  神様はとにかく偉いから
  紙と鋏でひとも車もつくってしまう
  神様がつくるものはぜんぶ神様だから
  年寄りはひらひらの形代(かたしろ)にお祈りする
  かしこみかしこみ
  五穀豊穣 家内安全 交通安全

  秋祭りが終わると
  もう神様もお帰りなさった と言って
  神様は淋しそうに落葉を掃いている
  神様はどこへお帰りなのですか
  それはね山の奥だよ ほれ
  山はもう沢山の神様で真っ白になっていた

  でも神様は鳥のように空を飛べるから
  どんなことでもお見通しなのだよ
  と神様は言った
  からすも天空にいるときは神様かもしれない
  とんびも孤独でひまな神様かもしれない
  そんなら神様も
  日暮れになったらおやすみになるんでしょうか

  ぼくたちは好奇心が強い
  夜更けの大銀杏は黒い化けもの
  まるで神様の夜番をしているようだ
  千年のどでかい闇をかいくぐって
  ぼくたちが目指すのはちっちゃな明かり
  かすかに湯気を吐きだしている小窓
  斥候がくすりと笑って耳打ちした

  かしこみかしこみもうす
  ただいま神様は風呂に入って
  美空ひばりを熱唱中




(写真は、近くの野原で今がさかりのハルジオンの花です。)

(2005/06)



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