・星垂る(ほたる)・


螢という文字は、古くは『日本書紀』や『万葉集』にもみられるが、江戸時代、螢の語源については、「火垂る」と「星垂る」のふた通りの解釈があった。
貝原益軒の『大和本草』(1709年)の中で、「ホは、火なり、タルは、垂なり」とあり、螢は「火垂る」「火を垂れる虫」と書かれており、一方、小野蘭山という人が書いた『本草記聞』という文献には、「星が垂れる」という言葉の起源が述べられているらしい。
螢が星の生まれ変わりと想像した人たちが生きていた時代、それはどんな時代だったのだろうか。
『日本書紀』には、「彼地多有螢火之光神」(その国、螢火の輝く神に有り)とあるが、古代の神々のまわりを螢が乱舞する光景は、まさに神話と幻想の世界である。
私が子供だった頃(ほんの半世紀ほどの昔であるが)、螢はまだ夏の夜の風物詩だった。
毎夜、長い笹竹を振りかざしながら螢の光を追いかけたものだ。突如、闇の中に生まれた小さく光るものは、か細い1本の線を引くように暗い空間を横切って行く。「こっちのみ〜ずはあ〜まいぞ」と叫びながら、笹竹で掃くようにして闇ごと小さな光を捕まえる。
螢は体と発光体の大きさで源氏ボタルと平家ボタルに区別された。平家は源氏に敗れたので、平家ボタルは体がひと回り小さく、光り方も弱かった。
握りこぶしの指のすき間から漏れてくる明かりの明滅は、単なる昆虫の鼓動ではなく、神秘的な命の囁きのようでもあった。
大人になってから、私はもう長いこと螢を見ていない。
夏の夜を点滅しながら彩っていたもの、それは数々の消えかかった記憶のように遠く、おぼろな幻影になろうとしている。
星が螢となって夜空を舞っている情景は、今や、美しいおとぎ話になってしまったのだろうか。
螢は再び星に還ってしまったのか。
私は天空を仰いでみるが、都会の明るい夜空には星も少ない。

(写真はいま満開のドクダミ。私は地上のホタルだと思っている。)
(2003/06)



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