・星空・


ぼくが書いたものが、はじめて活字になったのは高校生の時でした。
なにげなく投稿した『星空』という短編が、学校の文芸誌に載ったのでした。
夜空を見上げながら、ガールフレンドに星空が何に見えるかと問いかけたら、彼女が「壁のように見える」とこたえる。そのような彼女の素っ気ない反応に、ぼくが彼女の真意を推量しようとする、そんな気弱な若者の心象を書いたものでした。

彼女とは小・中学校を通じて同級で、きょうだいのように仲良しだったのですが、高校生になった頃から彼女が急にきれいになったような気がして、ぼくは、それまでとは違ったかたちの関係を意識しはじめていました。
だから、あいかわらず屈託のない彼女の態度がもの足りなかったのです。
かといって彼女の気持ちを確かめて、特別な男女の関係にもってゆくほどの勇気もなかったし、そのような関係にはなるはずがないという躊躇いもありました。
それでもなお、おりにふれ彼女の気持の奥を推し量ってみたくなるのでした。
ふたりの上には満天の星がありました。
というほどのロマンチックな情景ではありませんでした。ごく日常的な設定だったのです。けれども、彼女にはただ壁のようにしか見えないという星空の下で、ぼくは傷ついていました。やっぱりなあ、という無念さとともに、その先へは進めない壁がぼくの中にもあったようです。

東京へ出て5年目に、大学の検診で結核と診断され、ぼくは郷里の九州で2年間の療養生活を強いられます。
このブランクは大きな淵の前に立ちどまされたようで、ぼくは再び上京する気力も萎え、かといって新しいことに挑戦する自信もなくして、ただ不安な毎日を送っていました。
ちょうどそんな時に、山好きの友人に誘われて九州で最高峰の久住山に登ることになりました。
ぼくは何かにすがりたかったのです。登山という苦行を自分の体に強いて、弱っている心と体に自信を得たかったのです。
たまたま麓の旅館がその冬の豪雪の被害で休業していたので、急遽ぼくたちは登山の鉄則に反して、夜に向かって山に登ることになったのでした。
山頂ですっかり日が暮れてしまい、足もともあやふやな暗闇の雪の斜面を、友人とふたりで黙々と法華院の山小屋を目指しました。

その途中で、満天の星が降ってきたのです。
立ち止まると物音がまったくしない静寂です。足もとで砕けた雪の氷片が深い闇の谷底へ向かって滑ってゆくのが、金属的な音の流れとなって聞こえてきます。まるで星の輝きに呼応しているような、星の細かい欠片が転がってゆくような、そんな幻想的な美しい響きでした。
足もとは闇の中です。見上げると幾層にも重なった光のかたまりのような星、星、星。
その時でした。
満天の星がぶ厚い壁となって、ぼくの頭上に落ちてきたのでした。




(ナンキンハゼの実と秋空)

(2005/12)



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